漢字を思い出せずに数日過ごしている。
横風が吹く街中で、マフラーに顔をうずめた時、
振り落ちる雪が、街灯のオレンジに染まる時、
手には缶チューハイとホットスナックが入ったビニール袋だったり、
スマホだったりする。
あの漢字はどう書くのだったっけ。
最近はパソコンばかりで、
漢字を書くことがなくなったからだろうか。
便利になり過ぎるのも困ったものだ。なんて、
白髪交じりのセリフが浮かんでは消える。
スマホで変換したらいいのだろうけれど、
どうしても自力で思い出したい気がするし、
自力で思い出さなければならないような気がする。
まぼろし という漢字はどうだったけ?
特別、思い出さなくてもいいような気もしていて、
日常では忘れているけれど、
夜の一人道、アルコールが入った深夜なんかに、
無性に思い出したくなって、
なのに思い出せなくて、諦めて眠る。
そんな風に繰り返す毎日の中で、
電話が鳴った。
お互いの近況なんかを話し合って、
なんとなく話が収まり始めたタイミングでバイバイを言ったのに、
「あ、そういえば」
という一言から、
最近好きな食べ物やら、テレビで何が面白いだとかの話が始まってしまって、
そこから気づけば一時間半経った。
電話を切って、
昔のことを少し思い出した。
電話相手だった彼女はよく笑う人だった。
そして、よく怒る人でもあった。
今思えば、隣で見せる笑った顔も怒った顔も好きだった。
丸く笑って、丸く膨らんで怒る。
そんなことを思い出してるうちに、とうとう思い出した。
まぼろしという漢字を。